その57 「置いてゆくもの、持って帰るもの」

2015.01.05

マタイの福音書11:28-30

 2015年が始まりました。今年もこの教会に来る方々が、日々の生活で抱えている「何か」をこの教会に持ってきて置いて帰り、そして別の「何か」を持って帰ることができるようにと願います。

1、イエス様のところに持ってくるもの。

 イエス様は「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい」と言われました。私たちは日々の生活のなかで、いつの間にか目的を見失い、疲れてしまいます。そのようなときに行くべきところがある信仰者は幸いです。

A. 罪悪感・後悔

 私たちは日々罪を犯し、後悔したり、恥ずかしさを覚えたりしながら生きている存在です。ずっと昔にしてしまった失敗を未だに思い出して心を痛めているという人もいるかもしれません。私は過去に起こったことはもう変えることはできませんが、それを主のもとに持っていくことによって、過去に起こったことの意味を変えていただくことができます。

B. 怒り・恨み

 多くの人は怒りや恨みを心のなかに抱えています。どんなにそれが当然であったとしても、人を赦せない気持ちは結局のところ自分の心を縛り付けるだけです。主はその苦々しい思いを主のところに持って行き、置いてゆくようにと言ってくださっています。

C.  不安・心配

 将来のこと、健康のこと、経済のこと、家族のことなど、人は探そうと思えば色々な心配ごとを見つけることができます。心配しても何も解決しないことに心の労力が奪われてはいないでしょうか。イエス様はその重荷をここに持って来て置いてゆくようにと励ましておられるのです。

2、イエス様のところから持って帰るもの。

 主イエスのところには私たちが必要なものがすべてあります。主は手ぶらで私たちを帰らせることはしません。必ず私たちを良いもので満ち溢れさせて、一週間の戦いに送りだしてくださいます。

A. 赦し・きよめ

 主は十字架の上で、私たちの罪を帳消しにし、汚れた心を綺麗にしてくださるために血を流してくださいました。この素晴らしい恵みを毎週毎日受け取りましょう。悔い改めることがあるなら、それを隠さないで、主の前に告白して祈りましょう。どんな悪も汚れも、主は受け入れて、きよめてくださいます。

B. 解放・希望

 過去ばかり振り返り、人を赦せない気持ちで心が縛られていた私たちは、主によって解放されました。そして将来の希望と喜びを手に入れました。日曜日の礼拝はこの私たちの手のなかにあるものを見直す時間です。

C. 平安・目的

 主は私たちが毎日を不安に生きることを望んではおられません。救われるということは「生きても大丈夫。死んでも大丈夫」になることです。2015年も主のもとで軌道修正しながら素晴らしい人生を歩みましょう。

3、鍵はキリストとの関係。

 私たちは人生の支配者であられる、キリストとの絆を持たなければ、人生に何の意味も持てないし、目的も分かりません。日々の生活のなかで、特にこの日曜日の礼拝を通して、イエス様との絆をしっかりとつないでいきましょう。

キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。    ピリピ人への手紙3:14

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