その180 世界に伝えよう イエスの福音

2018.10.14

マタイの福音書 28章18-20節

世界宣教は、すべてのクリスチャンが関わらなければならない使命です。

1、神の命令だから。

「あらゆる国の人々を弟子としなさい」マタイ20:19

 神様の目は地上のすべての国の人々に向けられています。肌の色、言葉、文化にかかわらず、すべての人は皆神の愛によって命が与えられ、生かされています。神様の目から見て愛される資格のない人はひとりもいません。しかし罪が、すべての人の神様との関係を破壊し、苦しみの原因となっています。神様は愛する人々を救い、良い関係を回復されるために、御子を地上に送り、十字架にかけられる罰を負わせました。そしてイエスは三日目によみがえられました。この歴史的事実を信じると告白した人のなかに、神の霊が注がれ、もう一度、私たちは神様の子としての身分をとりもどすことができるのです。今も神様はすべての人を愛し、招こうとしておられるのです。この世界の歴史はいつか終わりますが、新しい世では、すべての国の人々が一つとなって、神様に賛美を捧げます。一人でも多くの人がその場に参加できるように、神様は私たちを用いて、この良き知らせを伝えたいと願っておられます。

2、私たちも誰かに伝えられたから。

 誰かが教えてくれない限り、イエスを知ることはできません。ここにいるクリスチャンすべてが、何らかの形で、誰かに伝えられ、誘われ、聞かされたからこそ、イエスに出会い、イエスを信じる信仰を持つことができたのです。教会の歴史を見るときに、実に多くの人が宣教師として海を渡り、想像を絶する苦闘をしながら、この良い知らせを伝えてきました。今世界中に教会が存在するのは、見知らぬ土地に住む人に、イエス様を伝えようとする熱い信仰と情熱を持った人々が生きてきた証です。次は私たちがこの使命と責任を担わなければなりません。

3、私たちもできることがある。

 「世界宣教」というと、「私にはとても無理だ」と尻込みしてしまうかもしれませんが、私たちにできる「世界宣教」があります。

① 祈る。

 私たちは海外で働く宣教師たちを覚えて祈りのサポートをすることができます。

② 捧げる。

私たちは宣教師や海外の教会のためにも捧げることができます。

③ 国際教会を建てあげる。

 私たちは東京にいても世界宣教をすることができます。世界中のどんな人でも受け入れる教会を建てあげることによって、福音を分かち合うことができるのです。

 一人ひとりが神様から与えられた尊い使命を全うできるように、できることをしていきましょう。

私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったなら、私はわざわいだ。 1コリント9:16

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