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その87 「私の神」

2015.12.06 エレミヤ23章5-8節  エレミヤは紀元前600年前後に活動した預言者で、南ユダ王国が滅ぼされ、多くの人々がバビロンに捕囚として強制移住させられる時代に生きた人です。その預言者がダビデの子孫として生まれるキリストの誕生を預言しています。 1、神は約束したこと...

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その86 「心を良いもので満たす」

2015.11.29 コロサイ人への手紙3章1-4節  一見私たちの心の状態というものは周りの状況次第のように思えます。自分にとって良い人が回りにいると、心も穏やかだけど、自分の嫌いな人がそばにいると、心が騒ぐとか、誉められるとハッピーだけど、けなされるとアンハッピーとか、自分の心は周...

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その85 「何故悪があるのか?」

2015.11.22 創世記6章5節 人間の苦しみの原因は創造主である神から離れている「罪」のためということを見てきました。ではもともと人間が神から離れるように誘惑した悪魔、そして悪はどこから来たのでしょうか?そしてこの問題に解決はあるのでしょうか? 1、神は自由意思を与えた。...

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その84 「天からのはしご」

2015.11.08 創世記28章10-22節  兄の怒りを買ったヤコブは家にとどまることができず、故郷を離れ、親戚のラバンを頼って旅に出かけます。途中野宿をしなければならなくなりますが、夢に神が表れ彼を励ましてくださいました。翌朝目覚めたヤコブは、そこに祭壇を築き、その場所をベテルと...

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その83 「フルタイムクリスチャン」

2015.10.25 マタイの福音書6章33節  今多くの人が不安を抱え、自分の価値を感じられないで、苦しんで生きています。神様は聖書を通して、私たちに「心配するな!!」と教えておられます。  命は食べ物や飲み物より大切、身体は着物よりも大切です。食べ物、飲み物とは、仕事や家庭や...

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その82 「一緒に喜んでください」

2015.10.18 ルカの福音書15章8-10節  「失われた羊」と「放蕩息子」の間に位置するこのたとえ話も、当時の社会で「罪人」と見られていた人たちと過ごしているイエスを、宗教家たちが批判したことから語られたものです。イエスにとってこの「罪人」たちは「失くした銀貨」なので、探さなけ...

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その80 「疲れる人生と使われる人生」

2015.10.04 2テモテ4章7-8節  自分は生きているのか、それとも生かされているのか。この考えの違いは、人生に大きな違いをもたらします。「自分は生きているのではない。神様に生かされているのだ。」そう思って生きる人生は、楽しくて、疲れ知らずです。心の底から湧き上がる喜びがあるか...

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その79 「お父さんが騙された」

2015.09.15 イサクの生涯④ 創世記27章31-38節  イサクは年をとり、目が不自由になりました。彼は最後に長男エサウを祝福することとし、彼の好物である肉料理を持ってくるように頼みました。しかしこのことを知った妻リベカは自分の愛する弟のヤコブに祝福を受けさせようとします...

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その78 足あとを残す旅

2015.09.06 ピリピ人への手紙 1章20−21節ピリピ人への手紙 1章20−21節  パウロは獄中のなかでさえ、自分の命の長さよりも、キリストの栄光が現れることを望みました。「自分が歩んだその人生の足あとが、キリストを表すものであって欲しい。あああの人はキリストと一緒に生きてき...