未分類一覧

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その227 ペンテコステ信仰と聖書

2021.10.17 使徒の働き17章10-12節 ベレヤの人々はパウロたちのキリストに関する証言を聞いたとき「果してそのとおりかどうかを知ろうとして聖書を調べ」、その結果「多くの者が信者になった」と書かれています。彼らの態度は私たちの模範となるものです。聖書の言葉に信頼を置き、常に聖...

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その226 鏡としてのヨナ

2021.10.03 ヨナのような生き方④ ヨナ4章                        神がニネベに裁きをくだされないことを知ったヨナは不機嫌になり、神に怒りを燃やします。神はヨナのためにとうごまの木をはえさせ、ヨナは喜びます。しかしそのとうごまの木が枯れるとヨナはま...

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その195 人生を幸福に過ごすための4つの力

2019.04.28 幸せを求める心というのは、すべての人間が持つ基本的な欲求で、それ自体は全く悪いことではありません。誰だって幸せになりたいし、当たり前の願いです。では聖書はこの人間の「幸福に過ごしたい」という願いに対して、どのように教えているかを見てみましょう。 1、幸福実感力。 ...

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その110 「あなたも招かれています」

2016.07.03 コリント人への手紙第一12章12-27節 教会とはギリシャ語で「召された者の集まり」という意味です。神様から声をかけられ、招かれない限り教会に来ることはできないのです。神様は何のために私たちを呼んでくださっているのでしょうか。 1、キリストのからだの一部とな...

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その42 「人の弱さと神の恵み」

2014.07.26 2コリント12:7-10 パウロには「肉体のとげ」と言うべき何かの病気があったようです。そこで彼は癒してくださるように神に何度も祈りました。しかしこのパウロの祈りに対して、神様は「私の恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われ...

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その41 「神にはある」

2014年7月20日 創世記22:1-18 アブラハムの人生のクライマックスの場面です。神はアブラハムに25年間待ってようやく与えられた、愛するひとり子である息子のイサクを捧げるように命じます。神が愛であるなら、何故このような命令をなさるのでしょうか。このことは何を意味しているのでしょ...

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その40 「オー迷子!!」

2014.07.13 イエスのたとえ⑬ ルカの福音書15:1-7 このたとえは当時の社会で「罪人」と見られていた人たちを受け入れているイエスに対して、宗教家たちが批判したことから語られたものです。イエスが羊飼いであり、この「罪人」が迷子の羊であることは明らかです。 1、すべ...

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その39 「約束」

2014.06.29 創世記21:1-5 子どものなかったアブラハムに神から「あなたの子孫に…」という約束が与えられたのは彼が75歳のときでした。そしてそれから25年経ち、彼が100歳のときに約束の子が与えられました。 1、神は約束を守る。 クリスチャンたちから「信仰の父」...

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その38 「大丈夫」

2014.06.22 ヨハネの福音書14章27節 キリストは十字架に架られる前の最後の晩餐の席で、弟子たちに平安を与えると約束されました。この平安は世界のどこにもないもので、他の誰も与えることのできないものだと言うのです。 実はその平安とは私たち人間が造り主である神から離れたため...

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その37 「お父さんに頼まれたけど」

2014.06.15 イエスのたとえ⑫ マタイの福音書28章28-32節 このたとえ話はバプテスマのヨハネというイエスの活動にさきがけて、神から遣わされた預言者をどのように見るかという宗教家たちとの議論からはじまったものです。 お父さんに頼まれて「はい」と言ったけど従わなか...