その158 いつまでも残るもの イエスのたとえ33

2018.02.04

マタイの福音書24章32-35節

エルサレム神殿の崩壊を予告されたイエスに、弟子たちはそれが「いつ起こるのか」と質問をしました。

1、世界は完成される。

 キリスト教の歴史観は、「神が始められたものは、神が必ず完成される」ということです。確かにこの世界には様々な問題があります。不完全なことがたくさんあります。「神様がいるならどうしてこのような苦しみだらけ、矛盾だらけの世界になったのだ」と言う人もいます。その原因は罪です。創造主である神さまから離れてしまっていることが、神様と人間の関係だけでなく、全ての被造物に致命的な影響を与えているのです。しかしこの状態が永遠に続くわけではありません。世界を造られたイエスさまが、再びこの地に戻られることによって、必ず不完全なこの世界を完成してくださるのです。イエス様の十字架と復活を信じ、神さまとの関係が回復されている人にとって、その時は喜びの時です。あらゆる苦しみから解放される時です。私たちクリスチャンはこの完成の日を待ち望んでいるのです。

2、その日が近いことを覚えなければならない。

 イエスさまがここで警告されていることは、私たちはその日が近いことを悟り、備えていなければならないということです。イエス様がお戻りになる時が、具体的に何年何月何日かということは誰も分かりません。しかし私たちが目で見えること、感じることを通して、その日が近いことを知ることができるはずだと、イエス様は言われるのです。他にも多くの「たとえ」を使って、信仰者たちに目を覚まして祈っているようにと、イエス様はくり返し教えておられます。

 私たちは毎日の生活の中で、主なるイエスとしっかりと繋がっている必要があります。心をそらさずに、いつもまっすぐにイエス様と向き合いましょう。

3.永遠に残るものを信じよう。

24:35この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。

 この言葉は私たち人間が最終的に頼りにするべき人生の土台、どのように生きるべきかを選び取る基準は、聖書だけだと教えています。私たちは目に見えるものに心を奪われ、惑わされ、進む道を間違えやすいものです。しかしキリストの言葉にこそ、絶対にブレることのない人生の勝利の鍵と力があるのです。これからも聖書の御言葉をしっかりと握りしめて行きましょう。

 そしてこの譬えが私たちに促していることは、決して「信じる者だけが助かれば良い」ということではないことを覚えましょう。終わりの日までに残されたときに、一人でも多くの人がイエス様と出会い、創造主なる神様との関係を回復するように、私たちは福音を宣べ伝える使命が与えられているのです。

世界が完成されるときを待ち望みながら、「その時までに為すべきことをさせてください」と、聖霊の力を求めていきましょう。主が来られる日を恐れるのではなく、喜んで迎えられる人が一人でも多くおこされるように、この「良き知らせ」を伝えましょう。

この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます マタイ24:14

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