「だから大丈夫なのです」

マタイの福音書1章1-17節

2020.12.06

 新約聖書の冒頭にある長い系図は意味深いものであり、私たちすべての人にとっての神様からの「だから大丈夫だよ」というメッセージなのです。

1、神様は約束を守ります。

 神はアブラハムに、彼の子孫によってすべての人が祝福を受けると約束されました。究極的には救い主が彼の子孫として生まれるということです。そしてその約束がイエス・キリストによって実現したのです。

 アブラハムからイエス・キリスト誕生までの間に、イスラエルの歴史には様々なことがありました。良いときもあれば、悪いときもありました。神に近いときもあれば、神から遠く離れたように見えるときもありました。しかし神はご自身の約束をしっかりと守ってくださったのです。

 私たちにも神様は約束してくださっています。私たちが忘れてしまっても、自分には資格がないと思っても、神はその約束を忘れません。必ず守ってくださいます。だから大丈夫なのです。

2、神様はすべての人を救います。

 神が救ってくださるのはアブラハムの子孫、イスラエルだけではありません。このキリストの系図には異邦人であったタマル、ラハブ、ルツの名が記されています。

 またタマルの行為、ラハブの職業、ダビデとウリヤの妻の関係など、罪を犯した者がキリストの祖先に名が記され、マナセを始めとする偶像礼拝などの罪を犯し、神の怒りをかった王たちの名も記録されています。

 神はすべての人を救います。異邦人でも罪人でも同じです。私たちもかつては神を知らない人生を送っていました。また罪を犯し、神を悲しませたこともあります。それでも神は私たちを迎え入れ、救ってくださると約束しています。だから大丈夫なのです。

3、神様はいつも一緒にいてくださいます。

 この系図には、女性などの弱い人たち、ユダヤ人以外の異邦人と呼ばれる人たち、そして何よりも、恐ろしい失敗をして、神様を悲しませ、怒らせた罪人たちの名前が連ねられていることをみました。本来なら滅ぼされて当然、断ち切られて当然の人間たちでした。しかしどうでしょう。神様は時代を通じて、また地域をまたがりながら、彼らのいのちを守り続け、つながりを保っておられたのです。これはここに記されているすべての人たちと、神様はずっと一緒におられたということをあらわしているのです。

 これらの罪人、失敗者、神を裏切り、悲しませた人たちと一緒に歩まれ、守り、いのちをつないで、つないで、イエス・キリストを生まれさせてくださったということがその証拠です。

 神様は私たちの過去の過ち、罪を犯したそのことをも、見ておられ、知っておられるのです。でも、そのうえで、救い主であるイエス・キリストを生まれさせてくださり、私たちと出会わせてくださいました。クリスマスには、このような素晴らしい意味と意義があります。

この朝も心から主のご降誕を感謝しましょう。

「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」マタイ1:23

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