神が望まれること

2021.05.30

1テサロニケ5章16-18節

パウロはここで、「いつも喜ぶ、絶えず祈る、そしてすべてのことについて感謝する、この三つのことを、神様はあなたがたクリスチャンに望んでおられるのだよ」、と教えています。私たちはもう一度、クリスチャンとして、神様が望んでおられるような生き方をしてきただろうか、神様が望んでおられる信仰生活を送ってきただろうか、振り返ってみましょう。

1、いつも喜ぶ。

現実問題として、私たちの生活の中には喜べないことがいっぱい起こります。そのような中でどうやって喜ぶことができるのでしょうか。

聖書が教える喜びとは、実は私たちが日ごろ喜びに感じるようなことを喜べと言っているのではなくて、むしろ苦しみの時、特にクリスチャンとしての苦しみを歩む時こそが、喜ぶことのチャンスなのだと教えています。自分の思い通りに行くこと、自分の計画通りに物事が運ぶことを喜びとするのではなく、神様の思い通りになることを喜びとしなさい、と教えているのです。

自分はクリスチャンではない他の人と同じように見えるけど、実はこの天地万物を造られた神様の偉大なご計画のもとで生かされているんだ。神様に覚えられているんだ。苦しみだろうが災いだろうが、神様と一緒に生きていくなら、すべてが良いことに変えられるんだ、私の人生に起ることには、すべて意味があるんだ、という心の底から込み上げてくるような喜び、これを持っていなさいということです。

2、たえず祈る。

ではどうやったらそのような心の底から湧き上がるような喜びをいつも持つことができるのでしょうか。パウロはいつも喜んでいなさいの後にこう書きました。絶えず祈りなさい。祈ることなしに、神様の深い御胸を理解することは不可能です。

私たちはもっと祈りに時間を割かなければなりません。

私たちは日常生活の中で、呼吸を意識してすることはありません。意識しなくても自然とできるのです。祈るということも、呼吸と同じくらい無意識に、自然にできるようになることが理想です。神様とともに生きるとはそういうことです。絶えず祈り続ける中で、一歩一歩、主の導きを確信し、主が私たち一人一人に望んでおられることを成し遂げさせていただく。これが神様が私たちに望んでおられる二つ目のことです。

3、すべてのことについて感謝する。

聖書は私たちに、神様を信じて生きるならば、すべてのことが感謝なことに変わるのですよと教えています。何よりも私たちは十字架の福音を知りました。イエス様に出会うことがなかったら今でもむなしさの中をさまようしかなかったのです。

このめぐみを土台にして、私たちは1日1日を神様と一緒に生きることができます。すべてのことを益としてくださる神様が、私たちの人生を注意深く御覧になり、導いてくださっているのです。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。ロマ8:28

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