その284 幸福を選び取る

2026.02.15

申命記30:19                       

多くの人が、当たり前のように思っていること。それは、幸福と言うものは、自分の力ではどうすることもできないもので、たまたま運が良かった人が、幸福になれるし、運が悪ければ一生縁のないものであるということです。幸福なんてものは、運と偶然によって左右されるもので、周りの状況しだいだという考え方です。

しかしこの聖書の言葉、神様の言葉は、明らかに、私たちの側に選択の余地がある。神様から来るところの、祝福を選びとるのか、それとも選ばないのか、私たち自身が決めることのできるものなのだということを教えているのです。

、神様を信頼することを選びとる。

私たちは、毎日選択を迫られます。目に見えない神様を信頼するのか、それとも目に見える不確かなものによりすがるのか。これは天に帰る日まで、私たちに課せられる選択です。

どんな状況でも、プラスの側面を見て、神様を信頼することを選び取りましょう。あなたが今いる場所は、自分が望む場所ではないかもしれません。家庭や仕事に、不満があるかもしれません。しかし、私たちは自分が置かれた状況のなかで、精一杯生きて、最後まで主を、信頼することを選びとらなくてはならないのです。

世のなかはますます物質至上主義、金銭至上主義、目に見えるものが全てという流れです。しかし私たちクリスチャンには、目には見えなくても、最高に力強い神様が味方となっていてくださるのです。この方を信頼することを選びましょう。

、「心配すること」を選ばない。

聖書は徹底的に、この思い煩うことを、私たちに戒めています。イエス様はあの有名な山の上の説教の中で、「あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。マタイ6:27」また「あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。マタイ6:34」と、心配することをやめなさいと、教えておられます。

愛する兄弟姉妹の皆さん。思い煩うことをやめ、主を見上げましょう。主に賛美を捧げましょう。唇から、愚痴や心配ごとではなく、主を褒め称える賛美の言葉を出していきましょう。そうするならば、私たちの心は平安になり、生きる力が湧いてきます。心の思い煩いは、すべて主に委ねることを、選び取っていきましょう。

3、人を愛することを選びとる。

自分さえ良ければいい。自分さえ幸せであれば良い、と考える人が、幸福になることはまずありません。私たちは、周りの人を幸せにできるときに、初めて、自分も幸せになれるのです。これが、神様の造られた人生の原則です。

私たちはどんな状況に置かれても、周りの人に励ましを与え、喜びを与えることができるはずです。どんな小さなことでもよいから、自分の幸福を選びたいのであれば、回りの人を愛し、周りの人たちが、幸せになれるように、何かをしましょう。

そうすれば、必ずや神様が見ておられ、大きな喜びを私たちに与えてくださいます。それが私たちの人生の流れを、良い方向に変えていくことになるでしょう。

神様を信頼することを選びとり、思い煩いから解放され、周りの人の幸せのために、自分にできる何かをしていきましょう。

受けるよりも与えるほうが幸いである。使徒20:35

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする