2026.08.02
ヨハネの手紙第一 1:1-2
いのちのことばに出会う
ヨハネはここでキリストご自身がいのちのことばであると書いています。
あなたは「イエス様を信じる根拠は何ですか」と尋ねられたら何と答えるでしょうか。「教会で教えられたから」「家族がクリスチャンだから」あるいは「何となく信じてる」でしょうか。
私たちの信仰は、人間が作り出した神話や伝説の上に築かれているのではありません。歴史のなかに来られたイエス・キリストという確かな土台の上に築かれています。
1、いのちのことばは歴史の中に来られた。
1:1私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの
ヨハネはイエスを思想や哲学として語っているのではありません。彼は「聞いた、見た、じっと見つめた、触れた」と繰り返します。つまり、イエスは神話や伝説ではなく、歴史の中に確かに来られた実在の救い主なのです。
ヨハネはその十字架と復活を含めて、この地上にキリストが生きて、なされた数々の働きと教えを証言しています(ヨハネ21:24)。
私たちの信仰は、誰かの空想で始まったのではなく、歴史的事実、特にキリストの十字架と復活に基づく信仰なのです。
2、いのちはキリストのうちにある。
1:2 ──このいのちが現れ
ヨハネは「教えが現れ」とは言いません。「いのち」が現われたと言います。イエスご自身が「私はいのちである」(ヨハネ14:6)と宣言されました。イエスは永遠のいのちを与える方であるだけでなく、永遠のいのちそのものです。だからイエスを知ることは、永遠のいのちをもつことなのです。
歴史にあらわれたイエスが、今も生きて働き、私たちの人生にもおとずれてくださいました。私たちの人生のいのちは、地位や財産にあるのではなく、キリストとの交わりにあるのです。
3,このいのちを伝える(証しする)使命が与えられている。
1:2 私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。
ヨハネは「知識を伝える」とは言いません。「永遠のいのちを伝える(証しする)」と言います。なぜなら、自分が出会ったキリストを語っているからです。
私たちも、
・救われた喜び
・キリストとの歩み
・永遠のいのちの望み
を誰かに伝えるように召されています。
宣教は人間の作った哲学や思想について語ることではなく、自分師自身が出会ったキリストを証しするために語るものです。
聖霊によってキリストを証しする者となりましょう。
使 5:20 「行って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばをすべて語りなさい」。