2026.05.31
ヨハネ20:21
イエスは繰り返しご自身が父なる神から「遣わされた」と述べておられます。それはイエスを通して人々が父なる神を知り、信仰によって罪の赦しと永遠のいのちを得るためでした。そして十字架の上で「完了した」(ヨハネ19:30)と言われました。キリストによる救いの業は完了したのです。しかしこの神の御業を、地域、世代を超えて伝えられる働きが残っています。神はこの働きを継続するために、誰を「遣わそう」とされているのでしょうか。それは「あなた」なのです。
1. 私たちは使命を与えられている。
イエスは言われました。「父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします。」信仰者が救われたのは、自分がこの地上での余生を守られて、天国に行ければそれで良いということではなく、この世界に遣わされているということなのです。
ミッションとは、果たすべき使命、目的、役割です。クリスチャンのミッションは、宣教、つまりイエス・キリストを伝えることです。何故なら、神は私たちの周りの人たちの人たち、家族、友人、知人、まだ知らない人をも愛しておられ、御子イエスを遣わされました。そしてイエスはその人たちのためにも十字架に架かられ、血を流されたのです。この歴史的事実、真理を伝えるために、私たちはただ救われただけではなく、遣わされているのです。自分の家族、学校、職場、さまざまな人間関係の場に遣わされている「宣教師」であることを自覚しましょう。
2.私たちは永遠に残るもののために生きる。
なぜ宣教することが使命なのでしょうか。それこそが、永遠に残ることだからです。この世のあらゆるものは過ぎ去っていきます。私たちも誰一人として、この地上に永遠に生き続けることはありません。どんなに大きな財産や名声を手に入れたとしても、いつかは肉体は滅び、死後の世界には何一つもっていくことはできません。ヨハネ17:3には、永遠のいのちとは、まことの神と、遣わされたイエス・キリストを知ることだとあります。人がイエスを知ること、それは永遠に関わることです。この世の多くのことは一時的ですが、一人の人がイエスを知り、永遠のいのちに導かれることは、永遠に残ります。だから私たちは、家族、友人、知人に、イエス様を紹介するのです。
3.私たちは聖霊とともに遣わされている。
神はこの使命を全うするために、私たちだけを遣わすわけではありません。聖霊という神の霊、助けぬしを送ってくださると約束されました。イエスは、真理の御霊が来られるとき、その方がイエスについて証ししてくださると言われました(ヨハネ15:26)。また使徒1:8には、聖霊が臨むとき、私たちは力を受け、キリストの証人となるとあります。宣教は自分の力だけでするものではありません。私たちとともに聖霊が遣わされています。聖霊が勇気を与え、言葉を与え、証しする力を与えてくださいます。
聖霊に満たされて、遣わされてゆきましょう。イエス様のために、もう一人を。家族に、友人に、知人に、イエス様を紹介しましょう。
しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。使徒1:8